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香りのエッセイ

第十一話 麝香とホワイトムスク

麝香とホワイトムスクとはapplemuskpicture

 

 

 

今回のエッセイは香水には欠かせない香り「ムスク」についてです。

 

 

 

雄のジャコウジカから採られる天然のムスクは麝香と呼ばれ昔は多くの香水に使用されていましたが、動物愛護の観点から今ではすべて合成のムスクに置き換えられています。(かの有名な香水にも天然ムスクは使用されていないそうです)

 

 

 

昔は香水を使うのは王侯貴族や資産階級のみだったので、ポンパドゥール夫人が大量に使おうと、現在の全世界に広まり一般化した量には及びません。仮にジャコウジカを苦しめずに採取出来たとしても需要には追い付かないでしょう。

 

 

 

合成ムスクはもともと外観が白色~淡黄色の結晶のためホワイトムスクとも呼ばれています。合成ムスクよりホワイトムスクの方がマーケティング的にイメージも良いですしね。

 

 

 

天然のムスクである麝香、もしくは合成のムスクであるホワイトムスクそのものを嗅がれたことがある方はそんなにいないかと思いますが、ホワイトムスクは調合した香りに持続性と肌なじみの良さを与えるためにアロマ系や自然派を除くほとんどの香り製品に使用されています。

 

 

 

逆にムスクを使用しない天然香料のみで作った香りは肌につけた時、香りがなじまずに浮いた感じがします。

 

 

 

麝香とホワイトムスク その香りは

 

 

 

天然のムスクこと麝香はあまり嗅ぐ機会がないのですが、香料にする前の毛がフサフサしたものと、チンキにした香料を嗅いだ事があります。

 

 

 

麝香(ムスクチンキ)は、初め含窒素化合物Muscopyridineによるタイヤのような、燻したような匂いが感じられ、次第にツンとした軽めの乾いた刺激臭と、Musconeの温かみのある香りへと変化していく印象でした。

 

 

 

一方ホワイトムスクは複数の種類があるので、それぞれ香りは異なるのですが、全体的な傾向として麝香のようなMuscopyridineによるタイヤような香りはなく、ふんわりとした甘さが漂う心地よい印象です。その甘さの出方がちょっと粗かったり、なめらかだったり、パウダリーだったり、しっとりしていたり、フェミニンだったり、フルーティだったりと色々です。

 

 

 

天然のムスクはムスクそのものの香りを心地よく思うというより、他の香料と調合した時に香りを持ち上げたり活き活きさせるような裏方的な役割を果たしていましたが、ホワイトムスクはそれそのものの心地よさから、ムスクの香りを押し出した香調が多く見られます。

 

第十話 ヴィスコンティ映画と香り 3

「ヴィスコンティ映画と香り」最終話になります。今回はヴィスコンティの代表作「ベニスに死す」から、遺作「イノセント」までのご紹介と、ヴィスコンティが使っていた香水についてです。

 

 

 

lv10divpicture【ベニスに死す】1971年

-作品について-

舞台は1911年ヴェネツィア。作曲家である主人公のアッシェンバッハが、療養で訪れたベニスで出会った美少年タジオに惹きつけられ、活力を得ると同時にその行動により命を縮めてしまう物語。

 

ドイツの作家トーマス・マンの小説「ベニスに死す」の映像化でヴィスコンティ作品で最も有名な作品です。現在、集英社文庫さんから出ている文庫のカバーが、この映画のタジオの写真となっています。

 

ヴィスコンティ作品の重要な要素「美」を象徴するようなタジオ役のオーディションの映像が「タッジオを探して」というテレビ番組で残されています。金髪で碧眼の少年を探すために北欧と東欧を旅し、最終的にはスウェーデン人のビョルン・アンドレセンに決まりました。

 

アンドレセンのタジオ以外のもう一つの特長に、作中に頻繁に流れる「マーラーの交響曲第5番 第4楽章 アダージェット」があります。元々原作者のトーマス・マンは主人公のアッシェンバッハをグスタフ・マーラーをモデルにしたと言われており、最終的に小説家になりましたが、ヴィスコンティは当初の構想を活かしアッシェンバッハを作曲家としました。そしてマーラーの曲を使用したのです。

 

この映画をきっかけに何回目かのマーラーブームが起き、そのブームに合せるようにマーラーの録音に消極的だったカラヤンとベルリンフィルがマーラーの交響曲第5番をリリースしたといわれています。そしてこのアダージェットの楽章は、世界的ヒットとなった「アダージョ・カラヤン」にも収録されています。

 

 

-香りのシーン-

この作品に香りのシーンは出てこないのですが、原作ではシロッコ風に乗ってやってくるコレラの病魔の足音が、においによって表現されています。

 

ベニス到着時の甘美でけだるいシロッコ風が、甘ったるい薬品のようなにおいや、腐ったにおいに変化していくのです。

 

 

lv11ludwigpicture【ルートヴィヒ】1972年

-作品について-

舞台は1864~1886年。バイエルン国王ルートヴィヒⅡ世の王位継承から謎の死を遂げるまでの物語。

 

オーストリア皇后のエリーザベトやワーグナーといった個性的な登場人物との関係や、ルートヴィヒⅡ世が多額の資金をかけて建築したノイシュヴァンシュタイン城、ヘレンキームゼー城、リンダーホーフ城での撮影、役者をより魅力的に見せる美しい衣装などがゆったりとした時間を持って描かれます。

 

美しい王として有名だったルートヴィヒⅡ世を主演のヘルムート・バーガーが本人の写真そっくりに演じているところも見どころの一つです。

 

 

-香りのシーン-

*まずは、エリーザベトと夜の森の中、ワーグナーのオペラ「ローエングリン」の詩を用いて、自らの思いを伝えるルートヴィヒ。(ワーグナーの結婚行進曲パーンパーカパーンで有名な婚礼の合唱)

 

「そなたと甘い香りを吸う なんと優しく心酔わせる香り その香りは空中を漂い その魅力に耽る そなたの魅力も同じ 可愛いそなたを初めて見たとき 素性を尋ねることもなく そなたを見つめ 私の心は分かった」

 

*ルートヴィヒからエリーザベトへ温室で育てた花をプレゼントします。作中何の花であるかわかるようなセリフはありませんが、見た目はオレンジフラワーのように見えます。ルートヴィヒは愛しのエリーザベトが来るまで香りを嗅ぎながら到着を待っていました。

 

*王太后がホフマン神父と会う前にコロンらしきものを手と首筋に塗るシーンがあります。ラベンダーのアブソリュートでも入っているのではと思わせるような緑色をした液体です。

 

*ルートヴィヒの相手として送り込まれた女優が一輪のバラを手に取って自分とルートヴィヒの鼻先に近づけて遊ぶシーンがあります。

 

*ルートヴィヒが歯痛のためにつかうクロロホルムの臭いに家臣であるホルンシュタインが驚きます。

 

 

-シーン分析-

序盤は美しい香りや言葉が印象的ですが、物語が進むにつれてルートヴィヒの乱れていくさまやクロロホルムのようなキツイ臭い、飲酒など色彩が色あせてグレーに感じられます。

 

この作品、ルートヴィヒと女性の間に香りの花が2つ出てきます。一つはルートヴィヒからエリーザベトへと手渡されたオレンジフラワー。オレンジフラワーは純潔の象徴なのでルートヴィヒのエリーザベトへの純粋な気持ちを表しているようです。もう一つは、ルートヴィヒと一夜を過ごすために送られた女優がルートヴィヒの鼻先へ持って行くのが1輪のバラ。バラはクレオパトラの伝説もあるくらい官能的な花です。

 

それぞれのシーンでわざわざ花の香りを嗅ぐシーンがあるため、2つのシーンをより対照的に見せるための演出かと思いました。

 

余談ですが、この作品で印象的なキャラクターである作曲家のワーグナー。作中にはありませんが実際のエピソードで、ワーグナーがルートヴィヒに資金提供させて作らせたバイロイト歌劇場を建設するにあたり、ワーグナーは自然豊かな地で、黒煙や悪臭のある都会を避けたそうです。

 

 

lv12cppicture【家族の肖像】1974年

-作品について-

孤独と家族の肖像画収集を好む老教授が、突如上の部屋の間借り人としてやってきた謎の親子とその愛人達に翻弄されつつ、愛着を覚えていき、やがて失う物語。

 

「地獄に堕ちた勇者ども」、「ベニスに死す」、「ルートヴィヒ」のドイツ三部作を撮り終えた後、過労で倒れたヴィスコンティの映画での復帰作がこの現代劇です。

 

「白夜」を除くほとんどの作品をロケで撮っていたヴィスコンティですが、半身の自由がきかないためローマにセットを組んで撮影されました。すべての出来事が教授が住んでいるアパートメントで起こります。

 

 

-香りのシーン-

香りのシーンはありません。

 

 

lv13inocentpicture【イノセント】1975年

-作品について-

イタリアの作家ガブリエーレ・ダヌンツィオの「罪なき子」を映画化した作品。主人公のトゥリオは愛人テレサと不倫関係にあるが、不倫をする夫に文句も言わず妹の様に扱われていた妻ジュリアーナも不倫を始め、不倫相手の子を身ごもってしまう。そのことを知り苦悩するトゥリオだが、ジュリアーナはトゥリオを騙し男の子を出産する。トゥリオはその子を冬の屋外に数分放置し死ぬように仕向け、その行為が直接の原因か作中では明らかにならないが赤ちゃんはやがて死んでしまう。ジュリアーナの子供を愛する本心を知り、トゥリオは不倫相手に対する敗北を受け入れ、自ら死を選ぶ。

 

この作品の編集中にヴィスコンティは亡くなり、本作は遺作となりました。

 

原作で主人公のトゥリオが死ぬ場面はありませんが、本作ではラストシーンで愛人のテレサとの会話と情事の中で、自身の敗北や快楽と興味を失ったことを悟り、寝ようとするテレサを引き留め、幕引きを見せるといって躊躇なくピストルで自殺します。

 

テレサは倒れたトゥリオに近寄りはするものの、声をかけることも触れることなく、最後は軽蔑のまなざしを向け、立ち去っていきます。

 

愛人テレサとの関係が原作より多く扱われていて、ラストに主人公の孤独な死が書き加えられているところにヴィスコンティらしさがあらわれています。

 

-香りのシーン-

*主人公の恋のライバル、エガノが愛人テレサに届けた百合の花束にうっとりし、トゥリオが嫉妬します。

 

*妻ジュリアーナが愛人と会う前に顔の周囲にたくさん香水をつけます。それに気が付くトゥリオ「香水が変わったな」、ジュリアーナ「クラブ・アップルよ」。妻の行動に疑惑を抱くトゥリオ。

 

*久しぶりに訪れたリラ荘で、その名の通り咲き誇ったリラの強い香りが漂っている。

 

*「何を飲んだ?」と問いながら、グラスの香りを嗅いで睡眠薬だとわかる。

 

 

-シーン分析-

ダヌンツィオの原作にも香りの表現が沢山出ており、映画にもそれらが反映されています。

 

この作品はヴィスコンティ映画の中で視覚的に最も官能的な作品ですが、一つ一つの香りのシーンが濃厚さをプラスしていくような印象を与えます。

 

エガノがテレサに届けた百合の花は、字幕では夜来香と書かれています。しかし、映像で確認できる花は百合です。残念ながらイタリア語を聞き取ることができないため、正確に何と言っているかはわかりません。

 

 また、作中に出てくるCrab Apple (クラブ アップル)の香水は、この作品の時代である19世紀末に複数のメーカーから出されているようです。残念ながら画面からはどのメーカーの物かはわかりません。そしてほとんどのメーカーではCrab Apple Blossomという商品名でした。

 

この時代はちょうど合成香料が使われ始めたころなので、どのような香りなのか気になります。

 

 

 

さて、「ヴィスコンティ映画と香り」いかがでしたでしょうか?香りとは無縁の作品もありましたが、良く見ると比較的多くの作品に香りが登場していることが分かります。

 

 

画面から香ることはありませんが、花や香りを通して何か隠されたメッセージがあるのではないかと思わせるようなシーンもありましたし、文化の違いで意味を理解できていないのではないかと思う部分もありました。

 

 

ヴィスコンティ自身が使っていた香水はペンハリガン社のハマンブーケ(1872年発売)といわれています。ヴィスコンティの愛人でもありアシスタントも務めた、ロミオとジュリエット(1968年)の監督であるフランコ・ゼフィレッリは、後にこのペンハリガン社を購入しました。

 

 

ハマンブーケの香りはホワイトフローラルやヴァイオレットの香りにアニマリックな要素とクマリンが混ざり合った石けん用の香り。引き締まった香りではなく、ふんわりと香るフローラルな香りです。

 

 

 

参考文献

ルキノ・ビスコンティ(監督) 『ベニスに死す』 ワーナー・ホーム・ビデオ, (2004)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『タッジオを探して』 紀伊國屋書店, (2004)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『ルートヴィヒ』 紀伊國屋書店, (2003)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『家族の肖像』 紀伊國屋書店, (2003)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『イノセント』 紀伊國屋書店, (2003)

朝日新聞社文化事業部(編集)『ヴィスコンティ映画祭 カタログ』 朝日新聞社文化事業部, (2004)

オズボーン・リチャード著 木村博江訳『ヘルベルト・フォン・カラヤン 下』 白水社, (2001)

クレストインターナショナル(編集)『ベニスに死す』 クレストインターナショナル, (2011)

シェトレ・ルーペルト著 喜多尾道冬訳『指揮台の神々-世紀の大指揮者列伝』 音楽之友社, (2003)

スターリング・モニカ著 上村達雄訳 『ルキーノ・ヴィスコンティ-ある貴族の生涯』 平凡社, (1982)

フィルムアート社(編集) 『ヴィスコンティ集成』 フィルムアート社, (1981)

マン・トーマス著 高橋義孝訳『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』 新潮社, (1967)

Horacio Silva “Aristocrat” The New York Times Company, (2006)

第九話 ヴィスコンティ映画と香り 2

前回のエッセイに続き今回はヴィスコンティ映画の大作「山猫」から「地獄に堕ちた勇者ども」について書きます。

 

 

lv7ilgattopardopicture【山猫】1963年

-作品について-

「夏の嵐」と同様、イタリア統一運動の時代をシチリア貴族の視点で語った物語。主人公のサリーナ公爵はリソルジメント(イタリア統一運動)の中、自分を旧世代の人間であると自覚しており、跡継ぎである甥っ子の結婚相手を貴族の血から選ぶのではなく、事業家(新興ブルジョワ)の娘との仲を後押しする。二人のお披露目でもある舞踏会という最後の表舞台を終え、自らの老いと死を思いながら明け方の街を一人帰ってゆく。

 

冒頭のシーンから、まるで自分が1860年にタイムスリップしたような圧倒的な空気感を感じますが、100年の間に近代化された時をさかのぼるために、舗装道路をはがして石を敷き詰めたり、電柱や電線、テレビのアンテナなどを取り払ったり、季節外れの植物を植えたりして当時の空気を再現したそうです。

 

 

-香りのシーン-

サリーナ公爵が風呂上りにつけているコロンを、公爵が部屋を出た後、神父がこっそりとつけます。

 

 

-シーン分析-

このシーンの少し前に、一般庶民と神父が話す中で「貴族たちは特別な世界に住んでいる別の人間で、庶民が気にしている革命のことについてはあまり興味が無く、別荘での生活(庶民からしたら小さなこと)などを気にしていて、よくわからない。」というくだりがあります。神父の行動は一般庶民から見てよくわからない貴族の嗜みを確かめているように見えます。

 

ちなみに、香水評論家の平田幸子先生によると、この映画で使用されているコロンは、ROGER & GALLET (ロジェ・ガレ)社のJean Marie Farina (ジャン=マリー・ファリナ)だそうです。

 

アラン・ドロン演じるタンクレディが初登場する髭剃りの場面にもJean Marie Farinaらしきボトルが見られます。

 

 

lv8vsdopicture【熊座の淡き星影】1965年

-作品について-

アメリカ人の夫アンドリューとイタリア人の妻サンドラは、妻の故郷であるトスカーナの古代エトルリア都市ヴォルテッラへ、ナチスに殺された科学者であった父の像の除幕式に出席するため里帰りする。紀元前800年につくられたヴォルテッラの街と妻の友人家族にミステリアスな雰囲気を感じた夫は妻の過去を知ろうと調べていく。そこには妻と実弟のただならぬ関係があった。

 

日本初公開は本国から遅れる事17年後の1982年。その後2003年までの21年間は劇場での公開がほぼ皆無だった上、ソフト化もされていなかったため幻の作品と呼ばれていました。2003年リバイバル上映の配給会社ケイブルホーグさんが作ったパンフレットは、ミステリアスな本作の理解を助け、より興味を深める素晴らしい解説書です。

 

 

-香りのシーン-

特に花や香水の出てくるシーンはないのですが、それらの香りより、クラウディア・カルディナーレ演じるサンドラの官能的な存在感を感じて欲しいといわんばかりの作品です。

 

また、劇中冒頭から執拗に流れるセザール・フランクのピアノ曲「前奏曲、コラールとフーガ」は、時に香りが過去の記憶をよみがえらせるように、サンドラの心の奥底にしまっていた記憶を引きずり出します。

 

その強烈なインパクトを持つメロディーは本作を観た人の記憶のどこかに残り、いつかどこかでこの曲を聴いたとき、サンドラやモノクロで撮られたヴォルテッラの土地がふと思い出されるような気がします。

 

 

【異邦人】1967年

-作品について-

アルベール・カミュ原作の小説「異邦人」の映画化で、ヴィスコンティの長編映画14本の中で唯一DVD, Blu-ray化されていない作品です。(2013年10月現在)

 

 

-香りのシーン-

2004年に開催された朝日新聞社主催のヴィスコンティ映画祭で一度観ましたが、残念ながら香りに関するシーンがあったかどうか記憶にありません。

 

 

lv9thedamnedpicture【地獄に堕ちた勇者ども】1969年

-作品について-

1933年~1934年、ナチスが徐々にドイツ国内で勢力を付けていく過程を鉄鋼一族の内部闘争をからめて映し出した舞台のような作品。

 

 

-香りのシーン-

本作ではいくつかの場面でGuerlain (ゲラン)社の香水が登場します。

 

*まず、マルティンの愛人オルガの部屋の鏡台にGuerlain社のハート型ボトルが置いてあります。

 

*マルティンの母ゾフィが湯上りにコロンをつけています(どこの製品か不明)。そして鏡台にはオルガと同じGuerlain社のハート型ボトルが置いてあります。ハート型ボトルはL’heure bleue(ルール・ブルー)やMitsouko(ミツコ)に使われているため、どの香水か断定はできません。

 

*ラストシーン近く、ゾフィの鏡台が大きく映り、そこにはGuerlain社のJicky (ジッキー)らしき香水が映されます。

Blu-rayでリリースされればGuerlain社のハート型ボトルの香水名やJickyと思われる香水名がきちんと確認できるかもしれません。

 

 

-シーン分析-

マルティンの愛人オルガ、マルティンの母で未亡人のゾフィそれぞれの鏡台には複数の香水が置かれていますが、二人の鏡台の上には同じGuerlain社のハート型ボトルが置かれており、オルガの部屋に置いてあった高価な品はマルティンからの贈り物だとわかるシーンがあるため、母親のゾフィにコンプレックスを抱いているマルティンが、オルガに母と同じ香水をプレゼントしたのではないか?という推測が出来ます。ゾフィは愛人であるフリードリッヒに熱を上げていたため、息子であるマルティンには余り愛情を注いでいませんでした。やがてマルティンの屈折した母への愛情を含むそれぞれの思惑が代々続く鉄鋼一族を滅ぼすことになります。

 

また、この作品からは香水のような心地よい芳香は全く感じられず、ラストのゾフィ婚礼の白い化粧からは純潔より病や死の香りが漂ってくるように感じられます。

 

 

 

今回は中期の4作品をご紹介しました。特に「地獄に堕ちた勇者ども」にはGuerlain社の香水がさりげなく置いてあるので、もし今後ご覧になる方は鏡台に注意してみてください。

 

次回は遺作「イノセント」までをご紹介します。

 

 

参考文献

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督)『山猫』 IMAGICA TV, (2011)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『熊座の淡き星影』 紀伊國屋書店, (2003)

ルキノ・ビスコンティ(監督) 『地獄に堕ちた勇者ども』 ワーナー・ホーム・ビデオ, (2004)

朝日新聞社文化事業部(編集)『ヴィスコンティ映画祭 カタログ』 朝日新聞社文化事業部, (2004)

ケイブルホーグ(編集) 『熊座の淡き星影』 ケイブルホーグ, (2003)

篠山紀信著 『ヴィスコンティの遺香 華麗なる全生涯を完全追跡』 小学館, (1982)

シャザル・マルティーヌ (監修) 『きらめく装いの美 香水瓶の世界』 ロータスプラン, (2010)

スターリング・モニカ著 上村達雄訳 『ルキーノ・ヴィスコンティ-ある貴族の生涯』 平凡社, (1982)

フィルムアート社(編集) 『ヴィスコンティ集成』 フィルムアート社, (1981)

第八話 ヴィスコンティ映画と香り 1

ルキーノ・ヴィスコンティ(1906-1976)は、イタリアを代表する映画監督で、戦中戦後イタリアの庶民の生活を描いた作品や自らの出自である貴族階級やブルジョワのドラマを描いた作品など、14本の長編作品と数本のオムニバスや短編は今でも多くの映画ファンに愛されています。

 

 

私は、孤独な老教授と若者の交流を描いた「家族の肖像」に衝撃を受けて以降他の作品も観るようになり、リリースされるDVDなどの映像ソフトを集めてきました。何度も作品を観ていく中で、ヴィスコンティ作品には「美」や「鏡」など共通する要素がいくつかありますが、「香り」も多くの作品で扱われていることに気が付きました。

 

 

映像から直接伝わる事のない香りをなぜあえて用いたのか?

 

 

2013年8月時点で映像ソフト化されていない「異邦人」を除いた長編作品13本を改めて見直して、各シーンに注目してみたいと思います。

 

 

lv1ossesionepicture【郵便配達は二度ベルを鳴らす】1942年

-作品について-

放浪者のジーノがとある食堂に流れ着き、親子ほど年の離れた醜いオーナーの妻として家政婦のように働くジョヴァンナと恋に落ちる。偽装事故でオーナーである夫を殺害するが、保険金を巡り二人の気持ちにすれ違いが生じ、運命は転落していく。

 

ジャック・ニコルソンとジェシカ・ラング主演の1981年版と原作は同じですが、男女二人の関係を中心に描かれた内容に対し、この1942年版はジーノのどうしようもない放浪者としての性格が、スペイン人という役柄のキーパーソンと関わることで物語全般を通してより強く描かれています。

 

 

-香りのシーン-

夫の保険金をきっかけに仲違いするジーノとジョヴァンナ。ジーノは公園で一人の都会的なバレリーナと出会い部屋へ行きます。汚れた皿にまみれたダイナーで生活していたジョヴァンナの家とは異なり、バレリーナの部屋は小奇麗にまとまっていて、ふと棚で見つけたバルブアトマイザー付きの香水をプシュプシュして遊んでいる場面があります。

 

-シーン分析-

破れた服に身を包み放浪していたジーノは、食堂で汚れた皿にまみれながらも野性的な魅力を持つジョヴァンナに惹かれて恋に落ちました。

 

夫殺害の後保険金に目がくらむジョヴァンナですが、放浪者のジーノは気が進みまず、けんか別れします。スーツを着込んで公園でのんびりしていたジーノの元に、都会的でかわいらしいバレリーナが現れ、気まぐれで部屋に行ったジーノは、小奇麗にまとまった部屋に興味を持ちます。

 

冒頭からほこりや汗にまみれたシーンが続くのですが、バレリーナの部屋は可愛く女性らしい雰囲気でがらりと印象が変わります。汚れた皿や汗・油臭さの様な生活臭との対比で、香水が使われているように感じます。

 

 

lv2laterratremapicture【揺れる大地】1948年

-作品について-

貧しいシチリアの漁師たちの生活と、仲買人への反抗・屈服を描いた物語。キャストは実際のシチリア漁師や住民たちたちが演じている。

 

 

後の作品「山猫」と同じシチリアを舞台にした作品ですが、1860年頃のシチリア貴族の物語である「山猫」の時代から100年近い時が流れているにもかかわらず、「山猫」の庶民たちと比べても本作のシチリア漁師たちの生活は驚くほど簡素で、「大昔から変わらないし、変わりようのない生活」というシチリアの事情を感じる作品です。

 

 

-香りのシーン-

香りに関する場面はありません。

 

 

lv3bellissimapicture【ベリッシマ】1951年

-作品について-

娘をオーディションで勝たせるために冷静な夫を無視し、胡散臭い業界人に取り入るなどの暴走してしまう妻の物語。

 

-香りのシーン-

胡散臭い業界人との話の中で、映画監督や関係者への賄賂として「香水」という言葉が出てくるシーンがあります。

 

-シーン分析-

花束は監督の奥様へ、香水は監督の愛人への賄賂の品として挙げられますが、愛人の方が監督に対し影響力があると語られています。

 

コロンではなく香水なのでそこそこの高級品だと思われますが、胡散臭い業界人から贈り物代として50,000リラが必要と言われ花束やたばこ、香水って安すぎではないでしょうか?このだまし取られた50,000リラは結局スクーターに変わってしまいました。

 

スクーターを買えるくらいの金額なら宝石でも買えるのではないか?詐欺に遭う時って、このように冷静さを失ってしまうものなのかと思ってしまうシーンです。

 

 

lv4sensopicture【夏の嵐】1954年

-作品について-

1866年、イタリア統一運動(リソルジメント)を背景に繰り広げられる、イタリア(ヴェネツィア)の侯爵夫人であるリヴィアとオーストリアの将校フランツ・マーラー中尉の愛と憎しみの物語。

 

-香りのシーン-

マーラー中尉の宿舎、サイドテーブルに置かれたコロンらしきものが見えます。また、リヴィアの別荘の棚の上に数種類置いてあります。

 

-シーン分析-

ヴェルディのオペラ「イル・トロヴァトーレ」で始まるこの映画の時代設定はイタリア統一運動の真最中。しかし、オーストリアの将校たちは白い軍服を着たエレガントな占領軍で血や汗、泥臭さといったものからほど遠く感じられます。また、リヴィアの別荘の豪華さも戦中であることを思わせません。

 

ヴェネツィアの街中には時折軍人の死体が転がり、イタリア人達は戦いと独立を求めていきり立っていますが、敵同士であるはずのリヴィアとマーラーの間で始まった禁じられた恋物語の中では、どこか別世界の事の様に感じられます。それらを演出する小道具の一つとして、その他の化粧品と共に香水も置かれています。

 

ちなみに、この頃の香水は合成香料が開発される以前で、パリではGuerlain社やHoubigant社を始め200社程度の香水製造業者が存在したといわれる時代でした。1853年に発売されたGuerlain社のEau Imperialeは今でも販売されています。

 

 

lv5lanottibianchepicture【白夜】1957年

-作品について-

別れた恋人(下宿人)を毎晩待ち続けるナタリアに一目惚れした、主人公マリオがなんとかナタリアの心を掴もうと努力し、徐々に距離を縮めていく物語。ナタリアは別れた恋人の事を忘れられるのだろうか?

 

-香りのシーン-

下宿人の部屋でナタリアが男の使っている化粧品の瓶を嗅いで、香りから彼を感じようとします。

 

-シーン分析-

下宿人が外出している間に、ひっそりと部屋に入り男が使っている化粧品の香りを嗅ぎます。祖母に服をピンでとめられ自由のない生活をしていたナタリアの前に現れた、ミステリアスな男の事を少しでも知りたいと思わせる印象的なシーンです。

 

 

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【若者のすべて】1960年

-作品について-

貧しい南部イタリアのルカーニア出身である家族が、ミラノに住む長男ヴィンチェンツォを頼って都会に出る。都会で待つそれぞれの生活と家族の絆の物語。

 

邦題は「若者のすべて」ですが、原題は「ロッコとその兄弟」で、その主役のロッコを演じるアラン・ドロンは香水をプロデュースしており”SAMOURAI (サムライ)”は日本でロングセラーとなっています。また、Dior社の”EAU SAUVAGE (オー ソヴァージュ)”の広告には2009年から彼の若いころの肖像(EAU SAUVAGEがリリースされた1966年当時31歳)が使われています。

 

-香りのシーン-

ミラノに住む長男ヴィンチェンツォが居候している彼女(ジネッタ)の家族の家に押しかける最初のシーンで、三男ロッコがお土産に持ってきたオレンジの香りをジネッタの親戚が嗅いで「故郷を思い出す良い香り」だと言います。

 

-シーン分析-

ヴィンチェンツォ達の母とジネッタの母が久しぶりの再会を喜んでいる様子と、ジネッタの親戚がオレンジの香りで故郷を懐かしんでいることから、おそらくジネッタの家族も南部出身なのではないかと推測されます。

 

また、オレンジを袋から取り出すロッコはボクシングで成功を収めても、物語の最後までいつか故郷のルカーニアに帰りたいと思っています。

 

オレンジの香りの様に爽やかで初々しかったロッコは物語が進むにつれ、彼なりに家族の絆を守るために灰色の人生に向かって歩んでいくことになります。

 

 

 

さて、今回の香りのエッセイいかがでしたでしょうか?

 

所々こじつけた感はありますが、一度に全作品をご紹介しようと思っていましたが、思ったより長くなったため3部に分けることにしました。次回は中期の作品をご紹介します。

 

 

 

参考文献

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 紀伊國屋書店, (2004)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『揺れる大地 <海の挿話>』 紀伊國屋書店, (2003)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『ベリッシマ』 紀伊國屋書店, (2004)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『夏の嵐』 紀伊國屋書店, (2004)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『白夜』 紀伊國屋書店, (2004)

ルキノ・ヴィスコンティ(監督) 『若者のすべて』 東北新社, (2006)

朝日新聞社文化事業部(編集)『ヴィスコンティ映画祭 カタログ』 朝日新聞社文化事業部, (2004)

第零話 日本の香り

 

 

 香りの四季

 

私たちの身の回りには様々な香りや匂い、臭いが存在しています。季節ごとに景色は変わりますが、実は香りも変化しています。春~初夏にかけてどこか懐かしい気分になるのは、単に暖かくなったからだけでなく、香りも春の香りになっているからです。

つぼみが徐々に開き開花、梅の香りや沈丁花の香り。まだ、身を切る寒さの中香りは徐々に春の様相を見せて行きます。冷たい北風から暖かい南風へ変わったとき、南風が湿気とともに運んでくるのも春の香りです。

桜とともに春が過ぎ去り初夏を迎え、段々と暑さが増してくる頃、ハゴロモジャスミンの強い香りが香ってきます。真夏は春のふんわりした香り立ちではなく、モワッとしたまとわりつく様な潮風の香り。そして夕立後の土っぽい香りは子供の頃の雨宿りを想起させます。

夏の暑さが収まりちょっと切ない秋の夜、突然街中に広がる甘い金木犀の香り。幸せな気分はおよそ一週間。そして軒先からはエンゼルトランペットが夏の暑さの余韻を感じさせるよう情熱的に香ります。

落葉を踏みしめて歩く頃には街から徐々に香りが薄れ、凍てつく冬の日々へ。外へ出て感じるのは香りというより冷たいという感覚です。しばらくは香りのない日々を過ごします。

そして待ち望んだ春。一年ぶりの春の香りは、きっと香りのない日々を過ごした後だからより懐かしさを感じるのでしょう。

景色ほど意識が行きませんが、香りはしっかりと四季を演出し私たちを楽しませています。

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