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香りのエッセイ

■第四話 合成香料について

第四話 合成香料について

 合成香料ってどんなもの

 

前回の天然香料に引き続き今回は合成香料(アロマケミカル)についてです。少々遠回りになりますが、合成香料については天然香料の事を化学の角度から述べてからの説明となります。

 

ダマスクローズの香りを化学的に見ていくとCitronellol, Geraniol, Phenyl ethyl alcohol, Eugenol, Geranyl acetate, Nonanal,などの多種の芳香分子から構成され、これらの芳香分子はそれぞれ異なる特徴的な香りを持っています。産地や抽出された年度によって香りが異なるのは、これら芳香分子の構成比率が異なるからです。

 

現代では化学の発達によりそれぞれの芳香分子を合成することができるようになりました。それが合成香料です。また、単離香料と呼ばれる天然物から単離された芳香分子も物理的・化学的処理をされている為に日本では合成香料に分類されています。

 

合成香料の歴史は19世紀前半から化学者による合成が徐々に行われ、19世紀後半にはCoumarin(桜の葉の様な甘い香りでフゼアノートを作るのに重要)やVanillin(チョコレート様の甘い香りでオリエンタルノートを作るのに重要)やHeliotropin(パウダリーな香りでフローラルノートに使用)などフレグランスの調香に重要な香料が工業生産され始めました。

 

19世紀末(1889年)には天然香料と合成香料を巧みに使用し現代香水の祖となったJicky(Guerlain社)が発売されています。Jicky以前の香水はオーデコロンやバラやスミレの爽やかな香り、バニラ・シナモン・クローブ・麝香などを混ぜた濃厚な香りなどがあったようです。

 

20世紀は香水にとって大きな転換期で、今まで高価で上流階級の為であった物が、フランソワ・コティの販売手法によって一般人の手の届く物になりました。コティの香水には大量生産され始めた合成香料がふんだんに使用され、ボトルもラリック製作の高級品からシンプルなガラスのスタンダード品まで販売され価格帯に幅があったようです。

 

また、安価で供給が安定している合成香料によってトイレタリー製品にも香料が使用できるようになり、香りが特権階級だけでなく一般層にまで広がるようになりました。

 

さらに20世紀後半には分析技術の発達により天然物中の微量成分の特定が可能となり、より天然物に近い香りを作れるようになってきています。また、ニューケミカルと呼ばれる、自然界に存在しない新しい香料素材も合成されるようになり、ニューケミカルを特徴的に使用した新しい香水がヒットし始めました。

 

Methyl dihydrojasmonate(開発メーカーFirmenich社の登録商標であるHedioneの名で有名)を用いたEau Sauvage(Christian Dior社)やDihydro myrcenol(鼻に抜けるミントとは違う爽やかな香り)を用いたCool Water(Davidoff社)やMethylbenzodioxepinone(Firmenich社の登録商標であるCaloneの名で有名)を用いたL’eau d’Issey(Issey Miyake社)など、他にもたくさんあり挙げだしたらキリがありません。

 

しかし21世紀に入り新規化学物質の安全性調査が厳しくなり、近年新素材の開発は少なくなってきているそうです。

 

合成香料の重要性は天然香料の代替ということだけでなく、香りに対する人間の想像力(イマジネーション)と創造力(クリエーション)の挑戦と言えるでしょう。

 

例えば天然香料のみの調香だと香りにニュアンスをつけるのが困難です。ローズひとつ取っても、グリーン(青臭い)なローズ、みずみずしいローズ、オレンジのような甘さを持つローズ、フルーティなローズ、ヴァイオレット様のローズなど様々な種類のローズがそれぞれの香りを持っています。必要な合成香料を用いることでこれらのニュアンスを自由自在に表現することができます。

 

さらに、天然香料では存在しない花々の香りを作ることも可能です。ローズやジャスミンとともにフレグランスの調香で重要な香りと言われるミューゲ(すずらん)の香りは天然香料では存在せず、合成香料を使用した調香師のイマジネーションで作られています。それと同様に多くの花の香りが調香によって作り出されており、その数は花精油を軽く上回ります。

 

その傾向は天然香料がほとんど存在しないフルーツの香りで特に顕著でアップル、ピーチ、ペアー、ラズベリー、マンゴー、メロンなど多くのフルーティな香りもクリエーションによるものです。

 

天然香料でもフラクション(分留)で得られた単離香料を使用して、ニュアンスをつけたり、フルーティな香りを作ったり出来るようになってきていますが、まだまだ合成香料で作られたものが主流です。

 

さらに合成香料で重要なものはムスクとアンバーです。天然香料の項でお話しした通り、動物性香料が現在ほとんど使用されていません。しかしムスクやアンバーの香りは保留性や肌馴染みの点で重要で、これらを使用しないとラストノートに残る柔らかい香りが表現しにくくなります。今では様々な合成ムスクが開発され香水だけでなく洗濯洗剤や石けん、ヘアケア、ボディケアなどのトイレタリー・ハウスホールド分野でも使用されています。

合成香料の発展はトイレタリー・ハウスホールド製品の香り向上にも役立っています。もし合成香料がなければ私たちはいまだに脂肪酸くさい石けんや、刺激臭のするコンディショナーなどを使用していたかもしれません。化粧品類の基材臭(原料の持つ香り)は意外と臭いもので、マスキング(基材の臭いを良い香りでカバーすること)が重要となっています。

そして安全性でとやかく言われる合成香料ですが、現在は天然香料も同様に国際的な機関によってかなり厳しい安全性の調査が行われています。

 

現在は「残留性(自然界で分解されにくい)が高い」、「生体蓄積性が高い」、「発がん性が高い」、「その他有毒性が高い」香料については使用が禁止されています。光毒性や感作性のある香料は商品の種類毎にカテゴリー分けられ使用量が制限されています。昔から販売されている名香と呼ばれる香水も規制に合わせて処方のリニューアルを行っているようです

 

天然香料も複数の芳香分子から構成されている為、その中に有害な成分が入っている事がありますので、天然=安全、合成=有害という安易な考え方は正しくありません。有名な例でベルガモットは光毒性のあるベルガプテンを含んでいる為、そのままでは使用できず、ベルガプテンをカットしたグレードがフレグランスには用いられます。

化学と分析技術の発達で調香師は天然香料から得られる以上の表現を可能としてきました。私たちの手元にはバラの香りはより咲いているバラに近い香りで届けられ、天然香料にないフルーツの香りも日常的に楽しむ事が出来るようになっています。

 

香水、調合香料にとって天然香料は深みとリアリティを与え、合成香料は香りの拡散性や表現の幅を与える双方重要な要素です。私たちは自然の恵みも大切にしながら、人間の自然に対する尊敬、好奇心、研究そして努力を心に留めて化学品を受け入れていく事も必要なのではないでしょうか?


参考文献

シャザル・マルティーヌ監 『きらめく装いの美 香水瓶の世界』 ロータスプラン, (2010)

中島基貴著 『香料と調香の基礎知識』 産業図書,  (1995)
浪江秋生編 『香料入門』 香料産業新聞社,  (1995)