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香りのエッセイ

■第十話 ヴィスコンティ映画と香り 3

第十話 ヴィスコンティ映画と香り 3

「ヴィスコンティ映画と香り」最終話になります。今回はヴィスコンティの代表作「ベニスに死す」から、遺作「イノセント」までのご紹介と、ヴィスコンティが使っていた香水についてです。

 

 

 

lv10divpicture【ベニスに死す】1971年

-作品について-

舞台は1911年ヴェネツィア。作曲家である主人公のアッシェンバッハが、療養で訪れたベニスで出会った美少年タジオに惹きつけられ、活力を得ると同時にその行動により命を縮めてしまう物語。

 

ドイツの作家トーマス・マンの小説「ベニスに死す」の映像化でヴィスコンティ作品で最も有名な作品です。現在、集英社文庫さんから出ている文庫のカバーが、この映画のタジオの写真となっています。

 

ヴィスコンティ作品の重要な要素「美」を象徴するようなタジオ役のオーディションの映像が「タッジオを探して」というテレビ番組で残されています。金髪で碧眼の少年を探すために北欧と東欧を旅し、最終的にはスウェーデン人のビョルン・アンドレセンに決まりました。

 

アンドレセンのタジオ以外のもう一つの特長に、作中に頻繁に流れる「マーラーの交響曲第5番 第4楽章 アダージェット」があります。元々原作者のトーマス・マンは主人公のアッシェンバッハをグスタフ・マーラーをモデルにしたと言われており、最終的に小説家になりましたが、ヴィスコンティは当初の構想を活かしアッシェンバッハを作曲家としました。そしてマーラーの曲を使用したのです。

 

この映画をきっかけに何回目かのマーラーブームが起き、そのブームに合せるようにマーラーの録音に消極的だったカラヤンとベルリンフィルがマーラーの交響曲第5番をリリースしたといわれています。そしてこのアダージェットの楽章は、世界的ヒットとなった「アダージョ・カラヤン」にも収録されています。

 

 

-香りのシーン-

この作品に香りのシーンは出てこないのですが、原作ではシロッコ風に乗ってやってくるコレラの病魔の足音が、においによって表現されています。

 

ベニス到着時の甘美でけだるいシロッコ風が、甘ったるい薬品のようなにおいや、腐ったにおいに変化していくのです。

 

 

lv11ludwigpicture【ルートヴィヒ】1972年

-作品について-

舞台は1864~1886年。バイエルン国王ルートヴィヒⅡ世の王位継承から謎の死を遂げるまでの物語。

 

オーストリア皇后のエリーザベトやワーグナーといった個性的な登場人物との関係や、ルートヴィヒⅡ世が多額の資金をかけて建築したノイシュヴァンシュタイン城、ヘレンキームゼー城、リンダーホーフ城での撮影、役者をより魅力的に見せる美しい衣装などがゆったりとした時間を持って描かれます。

 

美しい王として有名だったルートヴィヒⅡ世を主演のヘルムート・バーガーが本人の写真そっくりに演じているところも見どころの一つです。

 

 

-香りのシーン-

*まずは、エリーザベトと夜の森の中、ワーグナーのオペラ「ローエングリン」の詩を用いて、自らの思いを伝えるルートヴィヒ。(ワーグナーの結婚行進曲パーンパーカパーンで有名な婚礼の合唱)

 

「そなたと甘い香りを吸う なんと優しく心酔わせる香り その香りは空中を漂い その魅力に耽る そなたの魅力も同じ 可愛いそなたを初めて見たとき 素性を尋ねることもなく そなたを見つめ 私の心は分かった」

 

*ルートヴィヒからエリーザベトへ温室で育てた花をプレゼントします。作中何の花であるかわかるようなセリフはありませんが、見た目はオレンジフラワーのように見えます。ルートヴィヒは愛しのエリーザベトが来るまで香りを嗅ぎながら到着を待っていました。

 

*王太后がホフマン神父と会う前にコロンらしきものを手と首筋に塗るシーンがあります。ラベンダーのアブソリュートでも入っているのではと思わせるような緑色をした液体です。

 

*ルートヴィヒの相手として送り込まれた女優が一輪のバラを手に取って自分とルートヴィヒの鼻先に近づけて遊ぶシーンがあります。

 

*ルートヴィヒが歯痛のためにつかうクロロホルムの臭いに家臣であるホルンシュタインが驚きます。

 

 

-シーン分析-

序盤は美しい香りや言葉が印象的ですが、物語が進むにつれてルートヴィヒの乱れていくさまやクロロホルムのようなキツイ臭い、飲酒など色彩が色あせてグレーに感じられます。

 

この作品、ルートヴィヒと女性の間に香りの花が2つ出てきます。一つはルートヴィヒからエリーザベトへと手渡されたオレンジフラワー。オレンジフラワーは純潔の象徴なのでルートヴィヒのエリーザベトへの純粋な気持ちを表しているようです。もう一つは、ルートヴィヒと一夜を過ごすために送られた女優がルートヴィヒの鼻先へ持って行くのが1輪のバラ。バラはクレオパトラの伝説もあるくらい官能的な花です。

 

それぞれのシーンでわざわざ花の香りを嗅ぐシーンがあるため、2つのシーンをより対照的に見せるための演出かと思いました。

 

余談ですが、この作品で印象的なキャラクターである作曲家のワーグナー。作中にはありませんが実際のエピソードで、ワーグナーがルートヴィヒに資金提供させて作らせたバイロイト歌劇場を建設するにあたり、ワーグナーは自然豊かな地で、黒煙や悪臭のある都会を避けたそうです。

 

 

lv12cppicture【家族の肖像】1974年

-作品について-

孤独と家族の肖像画収集を好む老教授が、突如上の部屋の間借り人としてやってきた謎の親子とその愛人達に翻弄されつつ、愛着を覚えていき、やがて失う物語。

 

「地獄に堕ちた勇者ども」、「ベニスに死す」、「ルートヴィヒ」のドイツ三部作を撮り終えた後、過労で倒れたヴィスコンティの映画での復帰作がこの現代劇です。

 

「白夜」を除くほとんどの作品をロケで撮っていたヴィスコンティですが、半身の自由がきかないためローマにセットを組んで撮影されました。すべての出来事が教授が住んでいるアパートメントで起こります。

 

 

-香りのシーン-

香りのシーンはありません。

 

 

lv13inocentpicture【イノセント】1975年

-作品について-

イタリアの作家ガブリエーレ・ダヌンツィオの「罪なき子」を映画化した作品。主人公のトゥリオは愛人テレサと不倫関係にあるが、不倫をする夫に文句も言わず妹の様に扱われていた妻ジュリアーナも不倫を始め、不倫相手の子を身ごもってしまう。そのことを知り苦悩するトゥリオだが、ジュリアーナはトゥリオを騙し男の子を出産する。トゥリオはその子を冬の屋外に数分放置し死ぬように仕向け、その行為が直接の原因か作中では明らかにならないが赤ちゃんはやがて死んでしまう。ジュリアーナの子供を愛する本心を知り、トゥリオは不倫相手に対する敗北を受け入れ、自ら死を選ぶ。

 

この作品の編集中にヴィスコンティは亡くなり、本作は遺作となりました。

 

原作で主人公のトゥリオが死ぬ場面はありませんが、本作ではラストシーンで愛人のテレサとの会話と情事の中で、自身の敗北や快楽と興味を失ったことを悟り、寝ようとするテレサを引き留め、幕引きを見せるといって躊躇なくピストルで自殺します。

 

テレサは倒れたトゥリオに近寄りはするものの、声をかけることも触れることなく、最後は軽蔑のまなざしを向け、立ち去っていきます。

 

愛人テレサとの関係が原作より多く扱われていて、ラストに主人公の孤独な死が書き加えられているところにヴィスコンティらしさがあらわれています。

 

-香りのシーン-

*主人公の恋のライバル、エガノが愛人テレサに届けた百合の花束にうっとりし、トゥリオが嫉妬します。

 

*妻ジュリアーナが愛人と会う前に顔の周囲にたくさん香水をつけます。それに気が付くトゥリオ「香水が変わったな」、ジュリアーナ「クラブ・アップルよ」。妻の行動に疑惑を抱くトゥリオ。

 

*久しぶりに訪れたリラ荘で、その名の通り咲き誇ったリラの強い香りが漂っている。

 

*「何を飲んだ?」と問いながら、グラスの香りを嗅いで睡眠薬だとわかる。

 

 

-シーン分析-

ダヌンツィオの原作にも香りの表現が沢山出ており、映画にもそれらが反映されています。

 

この作品はヴィスコンティ映画の中で視覚的に最も官能的な作品ですが、一つ一つの香りのシーンが濃厚さをプラスしていくような印象を与えます。

 

エガノがテレサに届けた百合の花は、字幕では夜来香と書かれています。しかし、映像で確認できる花は百合です。残念ながらイタリア語を聞き取ることができないため、正確に何と言っているかはわかりません。

 

 また、作中に出てくるCrab Apple (クラブ アップル)の香水は、この作品の時代である19世紀末に複数のメーカーから出されているようです。残念ながら画面からはどのメーカーの物かはわかりません。そしてほとんどのメーカーではCrab Apple Blossomという商品名でした。

 

この時代はちょうど合成香料が使われ始めたころなので、どのような香りなのか気になります。

 

 

 

さて、「ヴィスコンティ映画と香り」いかがでしたでしょうか?香りとは無縁の作品もありましたが、良く見ると比較的多くの作品に香りが登場していることが分かります。

 

 

画面から香ることはありませんが、花や香りを通して何か隠されたメッセージがあるのではないかと思わせるようなシーンもありましたし、文化の違いで意味を理解できていないのではないかと思う部分もありました。

 

 

ヴィスコンティ自身が使っていた香水はペンハリガン社のハマンブーケ(1872年発売)といわれています。ヴィスコンティの愛人でもありアシスタントも務めた、ロミオとジュリエット(1968年)の監督であるフランコ・ゼフィレッリは、後にこのペンハリガン社を購入しました。

 

 

ハマンブーケの香りはホワイトフローラルやヴァイオレットの香りにアニマリックな要素とクマリンが混ざり合った石けん用の香り。引き締まった香りではなく、ふんわりと香るフローラルな香りです。

 

 

 

参考文献

ルキノ・ビスコンティ(監督) 『ベニスに死す』 ワーナー・ホーム・ビデオ, (2004)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『タッジオを探して』 紀伊國屋書店, (2004)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『ルートヴィヒ』 紀伊國屋書店, (2003)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『家族の肖像』 紀伊國屋書店, (2003)

ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) 『イノセント』 紀伊國屋書店, (2003)

朝日新聞社文化事業部(編集)『ヴィスコンティ映画祭 カタログ』 朝日新聞社文化事業部, (2004)

オズボーン・リチャード著 木村博江訳『ヘルベルト・フォン・カラヤン 下』 白水社, (2001)

クレストインターナショナル(編集)『ベニスに死す』 クレストインターナショナル, (2011)

シェトレ・ルーペルト著 喜多尾道冬訳『指揮台の神々-世紀の大指揮者列伝』 音楽之友社, (2003)

スターリング・モニカ著 上村達雄訳 『ルキーノ・ヴィスコンティ-ある貴族の生涯』 平凡社, (1982)

フィルムアート社(編集) 『ヴィスコンティ集成』 フィルムアート社, (1981)

マン・トーマス著 高橋義孝訳『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』 新潮社, (1967)

Horacio Silva “Aristocrat” The New York Times Company, (2006)