• ホーム
  • ステラ・ラボラトリーと香り
  • 香りの植物図鑑
  • 香りの教室
  • 香りのブログ
  • お問い合わせ

香りのエッセイ

■第十四話 シプレーの魅力

第十四話 シプレーの魅力

chypredestella【シプレーとは】

香水の世界でよく耳にするシトラス系、フローラルブーケ系、シプレー系、フゼア系、オリエンタル系、これらはそれぞれの香調を分類してつくられた系統です。

 

 

シプレーという名の香水は以前から存在していましたが、1917年にある出来事によりその定義が決まります。

 

 

この年にフランソワ・コティによる”Chypre de Coty”という香水がリリースされ成功し、これに影響を受けた香水が続々作られ一つの系統としてまとめられるようになりました。

 

 

シプレーのベースとなる香料は文献により様々ですが、オークモス(樫の木に生える地衣類ツノマタゴケ)、シスタス・ラブダナム(ハンニチバナ科のロックローズから得られる樹脂)、パチュリ(乾燥させて虫除けにも使われていたハーブ)、ベルガモット(主にイタリアのカラブリアで採られる柑橘)などが主にあげられています。

 

 

そのシプレーの骨格を持って作られた香りは華やかさとミステリアスな魅力に満ちており、少しクセはありますが心を捉える媚薬のような要素があります。

 

 

【シプレーの歴史】

このシプレーという名の語源はキプロス島から来ています。この地中海の島は、ギリシア神話で愛と美の女神アフロディーテが上陸した地といわれており、紀元前2000年頃の産業工場で香油が生産され粘土で作られたジャグに入れて保管されていたことを示す遺跡が発見されており、フレグランス制作にインスピレーションを与えるには十分なエピソードであったと考えられます。

 

 

また、キプロス島では、羊の毛に付着した樹脂を羊飼いが梳いてシスタス・ラブダナムを取っていたこともありました。このシスタス・ラブダナムはアンバーの様な香りを持つシプレーノートの重要な構成成分の一つです。

 

 

シプレーという名が初めに香料に用いられたのは14世紀で”Oyselets de Chypre” (キプロス島の小鳥)という、ラブダナム、スチラックス、カラムス、そしてトラガカントガムと共にペースト状にされ、鳥の形にかたどられたものでした。これらは大陸では非常にポピュラーで、お香のように燃やされていたようです。

 

 

14世紀の終わりごろには、この基本処方にオークモスが加えられました。1693年に調香師のシモン・バルブがまとめた”Le Parfumeur François”という本には、シプレーとも呼ばれるオークモスの髪粉の製造法が書かれており、ジャスミンやローズ、その他の粉を使ったPoudre de Chypre(シプレーの髪粉)は最新のお浄め方法だったようです。その後も変調が加えられ1777年に蒸留業者ドジャンによって書かれた”Traité des Odeurs”という本には、ジャスミン、アイリス、アンジェリカの種、ナツメグ、ローズムスク、ネロリ、アンバーを使ったEau de cypre(オークモスは使用されていない)の他、木の苔(mousse d’arbre)とムスク、アンバー、シベットを基本とした、Poudre de Cypreの基本の処方や、オークモス、オレンジフラワー、ベンゾイン、スチラックス、シベット、アーモンド、カルダモン、バラ、クローブウッド、サンダルウッド、そして樟脳が使われた、手の込んだ処方などが載っています。

 

 

マリー・アントワネットの調香師であったジャン=ルイ・ファージョンが1801年に著した”L’art du Parfumeur”という本にはドジャンの”Traité des Odeurs”の処方が記載されています。

 

 

1809年ベルトランによって書かれた”Le Parfumeur Impérial”に記載されているEau de Chypreはジャスミン、ベルガモット、ヴァイオレット、チュベローズ、アンブレットシード、ベンゾイン、トルーバルサム、スチラックス、アンバー、ムスク、ローズで構成されています。Poudre de Chypreはオークモスをベースに様々な花や樹脂が使用されていました。

 

 

その後、これまでのシプレーの流れを引き継いだロジェ&ガレ社の“Chypre”(1890年)、ゲラン社の“Le Chypre de Paris de Guerlain”(1909年)が発売されましが、これらはオークモスのアーシーノートが強い物でした。

 

 

そこに、ジャスミンを多量に使用し、合成香料を巧みに使った新しいシプレーの解釈を持って1917年に創造したのがコティの”Chypre de Coty”でした。

 

 

これ以降は、このコティのシプレーの流れを汲んだ香水がシプレーという系統にまとめられています。

 

 

 

【シプレー系フレグランス香りの魅力】

シプレー系フレグランスの香りの魅力は、ミステリアスさと中毒性にあると思います。

 

 

フルーティフローラルやフローラルブーケは「良い香り」、「かわいらしい」、「華やか」などのイメージがあり100%女性の香りですが、シプレーは花々の香りがフワフワと飛んで行かず良く練られていて、少し影があって、いくらか男性的な要素があり、そこにミステリアスさと中毒性があります。

 

 

そんなシプレーノートを構成する素材で、私が心惹かれる香料がパチュリです。その香りは私見では水墨画のようなイメージで、少し日本的な湿っぽさを感じさせながらシャープに香り立つ存在感のある香りです。

 

 

このパチュリの鋭い矢が、ローズやジャスミンなどの美しい花々の羽を伴って心を貫き、香りの痕跡を残されるような、そんな刺激的な体験がシプレー系フレグランスにはあります。

 

 

そもそもパチュリに日本的なイメージを感じるのは、子供の頃に和室で嗅いだゲラン社のシプレーを代表する香水ミツコの香りが心に残っていたからかも知れず、そうであれば私はすでに幼い頃シプレーの毒(魅力)に侵されていたことになります。

 

 

現在はエッセンシャルオイルで嗅げるような、上記のような印象のパチュリだけでなく、分子蒸留でよりフレグランス製品に適した香りに調整したパチュリも使用されているようです。

 

 

 

【心に残るシプレー系フレグランスのご紹介】

以下に挙げさせていただいた6点のシプレー系香水は私の心に残ったもので、簡単な特徴を述べさせていただきます。

 

 

グッチ社のラッシュ(1999):ガーデニアとパチュリ、バニラのアコードに稲妻のような刺激を受けるオリエンタルシプレーノート

 

 

シャネル社のココ・マドモワゼル(2001):ローズ&ジャスミンのフレッシュな香り立ちから、パチュリ&バニラのセンシュアルな残り香へといざなうフロリエンタルシプレーノート

 

 

トム・フォード社のノワールドゥノワール(2007):花のエッセンスを濃縮したような濃密なオリエンタルシプレーノート

 

 

ゲラン社のイディール(2009):ジャスミンやリラ、ムスクが織り成す黄金の輝きに抱かれるような美しいフローラルシプレーノート

 

 

ボッテガ・ヴェネタ社のオー・レジェール(2013):ガーデニアやジャスミンのフレッシュな部分を特徴としたマイルドなフローラルシプレーノート

 

 

ディオール社のグリ・モンテーニュ(2013):花々が咲き誇るフレッシュなガーデンを歩くような瑞々しいフローラルシプレーノート

 

 

使いやすさでいえば、オー・レジェールやグリ・モンテーニュ

 

 

刺激を求めるなら、ラッシュやココ・マドモワゼル

 

 

光り輝くフレッシュな花々の香りに包まれたいなら、イディールやグリ・モンテーニュ

 

 

濃密な時を過ごしたいなら、ノワールドゥノワール

 

 

以上のような感じでしょうか?

 

 

シプレー系フレグランスは香水らしい香りなので、万人受けは難しいかもしれませんが、当たり障りのない香りでは得られない魅力がありますので、新しい香水を探す時にはぜひ試していただきたいです。

 

 

参考文献

ゴズラン・フレディ フェルナンデス・グザビエ著 前田久仁子訳『調香師が語る 香料植物の図鑑』原書房, (2013)

 

シャザル・マルティーヌ 高波眞知子著『きらめく装いの美 香水瓶の世界』ロータスプラン, (2010)

 

中島基貴著 『香料と調香の基礎知識』 産業図書,  (1995)

 

日本香料協会編『香りの百科』朝倉書店, (1989)

 

広山均著『名香にみる処方(レシピ)の研究』フレグランスジャーナル社, (2010)

 

ルドニツカ・エドモン著 曽田幸雄訳『香りの創造』白水社, (1988)

 

遠藤賢朗著『COTY(コティ)香水の帝王と呼ばれた男』里文出版, (2013)

 

BARBE Simon “Le Parfumeur François” Michel Brunet, (1693)

 

BERTRAND C. F. “Le Parfumeur Impérial” Brunot-Labbe, (1809)

 

DÉJEAN M. “Traité des Odeurs” Veuve Savoye, (1777)

 

FARGEON Jean-Louis “L’art du Parfumeur” Delalain Fils, (1801)

 

Poucher W. A. “Perfumes, Cosmetics and Soaps Volume 2 Ninth edition” Chapman & Hall, (1993)

 

Roach John “Oldest Perfumes Found on “Aphrpdite’s Island”” National Geographic Society, (2007)