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香りのエッセイ

■第十三話 キュイール ドゥ ルシーの香り

第十三話 キュイール ドゥ ルシーの香り

cuirderussiepicture【香水に使われるレザーの香り】

皮革の持つ独特なにおいは、モチーフとして香水にも使用されており、レザーノートとして分類されています。そのレザーノートを作るのに必要な香料素材にIsobutyl quinoline (イソブチルキノリン)という単品香料があります。

 

 

黒いゴムを思わせる重たくて苦いような香りは、私の想像していたレザーの香りとは違うもので、「これがレザーノート?」と首をかしげたものです。

 

結局は「これをうまく他の素材と組み合わせて、より本物らしいレザーノートを作り上げていくのだろう」と自分を納得させていました。

 

 

その他にはバーチタールやケードという天然香料がレザーノートに使用される様ですが、残念ながらこの2品は嗅いだ事がありません。

 

 

その後も私にとってレザーノートは気になる香りではあるけれども、身近な香り、愛すべき香りではなく、微妙な距離感を持ち続けていました。

 

シャネル社にはCUIR DE RUSSIE (キュイール ドゥ ルシー)という香水があることは知っていましたが、過去にはゲラン社も同名の香水を出していたことを知り、少しずつ興味が再燃してきました。(ゲラン社は1875年創作、シャネル社は1927年創作)

 

 

「スウェードとか、ラムとか、コードバンとかは聞いたことあるけれど、そもそもCUIR DE RUSSIE (ロシアの皮革)って、なんだろう?」

 

 

 

【CUIR DE RUSSIEというロシアの皮革】

ロシアン・カーフとも呼ばれていますが、実際にはカーフ(仔牛の皮革)ではなく、レインディア・レザー(トナカイの皮革)なので、ロシアン・レインディア・レザー(ロシアトナカイの皮革)というのが正しいようです。

 

この皮革の特徴は革の柔軟性と耐水性、また仕上げに白樺のオイル(バーチタール)を使用することによる防虫性と独特な芳香、さらに網目模様の型押しなどがあります。

 

 

17-18世紀、ロシアの皮革は品質が高くて有名で重要な輸出品でした。靴や鞄などの皮革製品に利用される他、宮廷で貴重な宝石を包むのにも使われていたそうですが、1917年に起きたロシア革命により生産が停止し、その技術等は伝承されずロストテクノロジーとなってしまいました。

 

 

そんな過去の遺産が偶然にも沈没船の中から発見されました。

 

1786年、Metta Catharina号(メッタ カタリーナ)は、ロシアのサンクトペテルブルグからイタリアのジェノヴァへ麻とロシアンレザーを運んでいたところ嵐に襲われ、避難するために上陸しようとしたイギリスのプリマス湾で沈没。約200年の時を越え1973年に発見されましたが発掘には30年以上かかりました。

 

 

保存状態がそこそこ良かった皮革は現在200年レザーと呼ばれ製品に加工され販売されています。

 

 

詩的な意味合いで使われていたのだと思っていたのですが、ロシアの皮革は物として存在したのです。

 

 

 

【キュイール ドゥ ルシーの香り】

ロシアンレザーが存在すると知った私は、どうしてもそのにおいを嗅いで確かめてみたいという思いに駆られました。

 

 

色々調べてみると高級な靴や鞄、財布のオーダーで使われていましたがとにかく値段が高い。引き上げされたイギリスでは扱っている会社がいくつかあり、割と安くキーホルダーに加工している会社もあったのですが「それはそれでちょっと・・・」と思っていたところ、ペンの柄にロシアンレザーを巻いている製品を見つけました。

 

 

しかし、実店舗で扱っているお店が見つからず、「購入してにおいが無かったらどうしよう・・・」(外気にさらされる環境だと数年でにおいがなくなってくるらしいです)と不安を抱きながら半年くらい悩み、ようやくネット通販で購入してみました。

 

 

ドキドキしながら箱を開けてみると、評判通りの独特な芳香がありました。

 

 

第一印象は汗が浸みこんですっぱい臭いを放つ革です。アンモニア臭のようなツーンとした臭いが感じられます。

 

 

その他にはスモーキーな香りも感じられ、さらにその奥に冒頭でお話ししたIsobutyl quinolineのような香りを感じることが出来ました。

 

 

つまりIsobutyl quinolineのレザーノートとは、ロシアンレザーの香りのことだったのです。

 

 

 

【キュイール ドゥ ルシーの触り心地】

せっかくなので香りだけでなく、触り心地の特徴もご紹介いたします。

 

 

あくまでペンの柄としての触り心地ですが、表面はなめらかでないので凹凸を感じ、革質はしっとりと柔軟です。

 

 

この凹凸としっとり感が妙に生々しい皮感(革ではなく皮)を感じさせます。

 

 

生きているっぽいといいますか・・・、人を選ぶ触り心地だと思いました。

 

 

 

ロシアンレザーは希少な皮革ですが、様々な製品に加工されており、まだ入手可能です。CUIR DE RUSSIEの香水はシャネル社の限られた店舗で販売しています。

 

 

幻の皮革ロシアンレザーの香りに興味を持った方は、今のうちに失われゆく香りを体感してみてはいかがでしょうか?

 

 

 

【追記:よみがえるロシアンレザー】

 この記事を書いてから2年以上経った2016年10月25日にLVMHから思わぬ発表がありました。

 

 

“Moynat revives Russia leather”

 

 

1849年からトランクなどを作っているフランスのメーカーで現在はLVMHグループのMoynat(モワナ)が、ロシアンレザーのアップデート版を2017年のニューコレクションで販売するようなのです。

 

 

LVMHグループに属するフランスのなめし皮工場Tanneries Rouxとの協力で作られるとのこと。

 

 

発表には匂いに関する記述もあり「煙とお香と没薬(ミルラ)を混ぜ合わせたようなエレガントな香り」のようです。

 

 

長く綿密なリサーチから再発見されたものは、オリジナルの製法を現代版にアップデートさせたものとのことで、失われたロシアンレザーと全く同じでは無いようですが、耐久性、美しさ、特有のスモーキーな匂いに関しては、しっかり押さえた製品になっているようなので、ちょっと気になるところです。

 

 

 

参考文献

中島基貴著 『香料と調香の基礎知識』 産業図書,  (1995)

マッツエオ・ティラー著 大間知知子訳 『シャネルN°5の秘密』 原書房,  (2011)